マーティン・ルーサー・キング
introduction
アメリカに縁も無い、トランジットでシカゴに一泊しただけだし。 ポップコーンが何故かやたらと旨かった。 キング氏と聞くと真っ先に思い起こすのは、ドン・キング氏。ボクシングの悪徳プロモーター。髪の毛逆立てて、やたら周囲を盛り上げようとする人。何であんな髪型にしているのかいうと、自分で故意にやっているわけではなく、神の啓示を受けてから勝手に髪の毛が逆立つようになったんだそうだ。 ドン・キングも尊敬しているが、これは、Dr.Martin Luther King Jr.のスピーチ。
嵐の夜の教会
1968年4月3日。テネシー州メンフィスには暴風雨警報が発令されていた。
その日キング師は教会で演説をする予定になっていたが、体調がすぐれず友人のラルフ・アバーナシーに演説の代理を依頼し、街はずれのモーテルで休んでいた。しかし、キング師の演説目当てに集まった聴衆はそれでは収まらず、仕方なしに寄こしたアバーナシーの迎えの車に乗り、嵐の中を会場の教会に向かう。
ラルフ・アバーナシーの紹介の後、聴衆がざわつく中、キング師は体調が悪いせいか、少しだるそうな口調で間を空けながら、非常にゆっくりと話し始める。
"Thank you very kindly, my friends.....
As I... listened to Ralph Abernathy and his eloquent and generous introduction and then thought about myself,....... I wondered who he was talking about."
「ご親切にありがとう、皆さん.... 私が.. ラルフ・アバーナシーの雄弁で気前のよい紹介を聞いて、それから自分自身について考えた時、...... いったい彼は、誰の話をしているのだろうかと思った」
ざわつく聴衆を少し笑わせてから、唐突に少し奇妙な話をし始める。
仮の例え話なのだろうが、時の始まりに立ち、全人類の歴史を見渡しながら、神とともに時を越えて
精神的な飛行を行ったという話だ。
The Almighty said to me, "Martin Luther King, which age would you like to live in?"
神は私に言った、『マーティン・ルーサー・キング、どの時代に生きてみたい?』
彼は神とともに、エジプトを通り紅海を横切り、荒野を通り約束の地のほうへ向かって飛んだ。そこは壮大ものだったが、そこには留まらなかった。
"But I wouldn't stop there."
そこから彼はギリシャのオリンパス山に飛ぶ。下界を見るとプラトンやアリストテレス、ソクラテスなどの多くの哲学者達がパルテノン神殿のまわりに集まり果てしない議論をしているのが見える。しかし、そこのにも留まらない。
"But I wouldn't stop there."
その後彼は、絶頂期のローマ帝国や、ルネッサンスの文化的な美的な生活や、マルチン・ルターが教会のドアに質問状を貼り付けるなどの数々の歴史的現場に立ち会うが、そこのにも留まらない。
"But I wouldn't stop there."
時代は現代に近づき、アブラハム・リンカーンが奴隷解放宣言に署名する現場にも立ち会うが、やはり
"But I wouldn't stop there."
ついに彼は神を振り返って言う、
"If you allow me to live just a few years in the second half of the 20th century, I will be happy."
『もし、あなたが20世紀の後半の数年間だけ私が生きるのを許して下さるのなら、私は幸せです』
この台詞に聴衆が大喝采する。
もともとが牧師だからか、演説というより詩の朗読や、
決まったメロディーのない歌を聴いている感覚になる。
リフレインを多用し同じパッセージを繰り返す。賛美歌にそういう形式があるそうで、
"But I wouldn't stop there."がそうだし、この後に出てくる
"If I had sneezed,..." もそうだ。
抑揚のつけ方や間の取り方が聞いていて心地よい。
スピーチ全体は20分ほどだが、この頃になると出だしのだるそうな話と違って力強い。
そして終盤に大変興味深い話をする。
最後のスピーチ
要約すると
『何かが起こりそうだ。
今朝ここメンフィスに来るためにアトランタから飛行機に乗ったが、出発が遅れた。その理由は自分達が搭乗しているため、乗客の手荷物検査に時間がかかったからだ。メンフィスに着いてからも、外出するのは危険だと言う人もいた。私は今、何が起きようとしているかは知らない。しかし、そんな事は大して重要なことではない。何故なら私は山頂へ行ってきたところだからだ。私は気にしない。誰しも思うように私だって長生きはしたい。しかし、今はそんなことに関心はない。私はただ神の意思に従いたい。神は私が山に登ることを許した。私は見渡し、そして約束の地を見た。私はあなた達とともにその地を得ることは出来ないかもしれない。
しかし、私はあなた達に我々が約束の地に着けるということを知っていて欲しい。私は何の不安も無い。私は誰も恐れていない。
私の眼は神の到来の栄光を見た』
ご存知のように、このスピーチの翌日に殺害されてしまうのだが、前半の神とともに時を越えて精神的な飛行を行ったという話と、この演説最終の部分は色々なことを考えさせられてしまう。山頂に立ち約束の地を見ながらも、民とともに約束の地にたどり着けなかったモーゼの話とシンクロしてしまう。結果的にそのとおりになってしまったが、何か言霊のようなものも感じる。
"I may not get there with you."
何故こんなことを言い出すんだろう。
80歳の老人が言うならまだしも40歳にもなっていない。健康上の問題なのだろうか? それも考えずらい、秘密裏に医者にかかっていて、その医者から死亡宣告を受けていたとしても、それでもって宗教者であるキング師が死を確信するとは思えない。
それとも自身の暗殺計画についての何かしらの予兆なり警告を受けて確実な情報を持っていたのだろうか? 仮にそうであったとしても、キング師にとっては全盛期といってはなんだが、1963年のワシントン大行進の頃には、そんなことは日常的なことでいまさら気になどしないはずだが、
この演説の最終部分は確実に"自分の死"、それもごく近々やって来る"自分の死"を確信しているように思えてならない。
私は山頂へ『行ってきたところだ』
このスピーチのタイトルになっている
I've been to the mountaintop.
(完了)と(経験)どちらの意味にもとれる。
どちらの意味にとるかは、聴き手なり読み手が状況や文脈で判断するしかないが、ほとんどは(経験)として訳している。このタイトルを『~へ行ってきたところだ』などと(完了)で訳しているアホウはいない。そもそも just がついていない(なくてもかまわないが)
臨死体験というものがある。
その多くは人が死に直面し、限りなく死に近づいた時に起きる。
自分の意識や視点が、自分の体内から外に出てなんらかの体験をする。常識的に考えると意識が自分の脳から飛び出して活動など出来る筈も無いので、単に夢の一種に過ぎないのかもしれない。しかし普段見る夢とは異なり現実感を伴う。現実よりも更にリアルな感覚があり、そこでの強烈な体験によって、後の人生観が変わったりもする人もいるらしい。実際に自分の意識が体外に出れるかどうかは知らないし、死後の世界がどうのなどと言うつもりもないが、こういった『現象自体』が存在する事は事実だ。
体験する内容は人によって様々だが、ある決まったパターンのようなものがあって、その中の一つに随伴者を伴って色々な体験をするというものがある。この随伴者は全てを許容してくれる絶対的な存在で、道案内的な役割をする。
この演説の最初の『神とともに時間を越えて精神的な飛行をした』という話を読んだ時、真っ先に連想したのがこの随伴者だ。この話は臨死体験そのものではないかと思えるほどよく似ている。
もちろん演説最後のリパブリック讃歌の一節は除外するし、この人は牧師だから『神とともに...』とういう話をしても別段不自然ではない。本人も仮の話のような前置きをして話し出している。 しかし、演説最後の部分と考え合わせると臨死体験との類似性を強く感じる。
ここからは憶測全開のトンデモ話だが、
キング師は臨死体験そのものでは無いかもしれないが、この演説直前に類似した何かを体験している気がする。 その内容も単に時代の節目ごとの歴史的現場に立ち会うだけでなしに、もっと他にも決定的なものを見たか或いは知らされた。 たぶん『自分の死』 例えば自分の葬儀の光景とか、
そう考えると近々訪れる自分の死を確信しているかのような下の文は、全く違和感がなくなる。
"And I don't mind.
Like anybody, I would like to live a long life. Longevity has its place. But I'm not concerned about that now.
I just want to do God's will. And He's allowed me to go up to the mountain. And I've looked over. And I've seen the Promised Land. I may not get there with you. But I want you to know tonight, that we, as a people, will get to the promised land! "
臨死体験自体の存在が知られ出したのは、アメリカでも1970年以降のことで、この当時はまだそういった現象の存在が認知されていなかった。
当然彼にも臨死体験についての認識はなかっただろうから、妙にリアリティのある不思議な体験をしたと思っただろう。ただ彼はそれを単なる夢とは考えず、完全な事実としてありのままに受け入れ信じた。しかし、体験した全てをそのまま聴衆に言うわけにはいかないので、一部をフィクションを装いぼかしながら、自分の死については、それとなくにおわせる言葉で演説に織り混ぜて話したのではないだろうか。
彼はこの演説のごくごく直近、たぶん体調不良でモーテルで休んでいる時に臨死体験に近いものをしている。そして聴衆を前にしてそのことをを告げる、